物語を描く力はビジネスを変える――小説執筆から学んだ表現の本質①

物語を作る力は、どの分野でも必要とされる技術です。私が初めて小説の賞に挑戦した時、ただ「物語を書く」だけでなく、「どうすれば人の心を動かせるのか?」という課題に向き合い、その答えに少し近づいたように感じました。

一見、小説執筆とビジネスは無縁に思えるかもしれません。しかし、物語を形にするプロセスは、実は地方自治体や企業がメッセージを伝えるプロセスと多くの共通点があります。伝えたい内容を誰に、どのように届けるか――それを考えるステップは、どちらの場面でも欠かせない要素です。

元々、私が小説の賞に挑戦したのは、自己表現の可能性を試したかったからです。しかし、挑戦を通じて得たのは、表現の「技術」だけではありませんでした。心を掴むために、読者に寄り添う「姿勢」がいかに重要かを深く実感しました。

今回のブログでは、私が小説の執筆のプロセスをたどりながら、発信者が物語としてメッセージを届けようとした試みと、その経験から学んだことを綴っていきます。物語の情報発信という点で、皆さまの何かしらのヒントになれば幸いです。

自己表現の可能性から出発した小説執筆

普段、私は仕事での悩み、興味や関心を持ったもの、考えたことなど様々なことを日記としてPCのワードに書きつけていました。これは小学生の頃からの癖で、書かずにはいられないのです。

 理由はいつくかありましたが、その一つは書く内容が「なかなか他人には話しづらいこと」だからだということでした。

 特に人目をはばかるような内容を書いている、ということではありません。たまたま同じ趣味や嗜好の人が近くにいなかったり、自分ではすごい発見だと思っても、それをただ話すだけでは話題にもならないし、場も盛り上がらない、という理由からです。誰に見せるということもなく、ただ自分の中で日々、思う事、考えたことを書き連ねていく。そうすると自分の思考が整理され、本当は自分は何を思っていたのかに気づいたり、思考が発展したりしたのです。

 もちろん、分かりやすく「学校のテストで100点をとった」とか、「駄菓子のくじで大当たりが出て、プラモデルが当たった」みたいな話題であれば、日記に書くだけでなく、友達や親や兄弟などと、話もできるのだと思うのですが、私の場合はそうではありませんでした。考えてみれば小中学校のクラスメイトとは同じ地域、同じ年に生まれたという共通項だけで集まっている集団です。もちろん、友人として今も仲の良い人もいますが、そうではない人たちも多い。考え方も違って当然です。当時、私は無意識にそのようなことを感じ取っていて、やたらと日記を書いて自分の心の内の感覚や思考を整理することで落ち着つこうとしていました。

 しかし、成長し、会社を作って様々な人たちと社会という共同体の中でつながっていくようになると、その心の内の感覚や思考は子供の頃とは比べ物にならないほど広く深く膨大なものとなっていきました。また同時に硬質化してもいきました。書いても書いても足りない、その感覚と思考の本流は日にA4ノート5ページ、6ページとなることもありました。そして、その内容は誰に対して伝えたい、というわけでもない、ただその時の自分の中の無意識がかろうじて意識化しただけの混沌とした情報の渦でした。当然、誰に見せられるものでもなかったのです。

 しかし、もう四十歳を過ぎた頃。ある時、たまたま佐賀の居酒屋でのお酒の席で、同席した知り合いに、その日記の話をした所、小説執筆の話を進められたのです。

それは「佐賀県では毎年、小説文学賞の公募展が行われているから、それを物語にして出してみたら」というものでした。そのとき、公募展は締め切り一週間前で、規定枚数は400字詰め原稿用紙55枚~60枚。私は小説自体は好きでよく読む方でしたが、公募展に応募する為に書くのは初めてでした。数分、迷った後、私はこれまでの日記を物語に組み替えて書けばいいや、何か新しいことに挑戦するのもいいかもしれない、と思い、「やってみます」と答えたのです。

 その作品がなんと文学賞で「秀賞」という四番目くらいの賞をいただいたのです。文章表現は正直言って今読み返すと稚拙な部分が多々ありますが、それでも私にとても嬉しい出来事でした。何が嬉しかったのか、その時はよくわかりませんでした。しかし、後になって私はその“嬉しさ”の正体に気付きました。

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※第59回 佐賀県文学賞 秀作作品 タイトル「淵の底から」

 前述した通り、日記は私にとって自分の心の感覚や思考を整理し、落ち着けるためだけの方法でした。特に誰にも見せる目的ではない、ただ自分の為だけの行為です。それが小説の公募展に応募する、という前提の元、改変、推敲するとなると、自ずと「人に伝わるようにしなければならない」、という思考が働きだし、結果、それがほどほどにうまくいった。それが賞の評価につながった。つまり「自分の中だけにあった抽象的なものが小説の物語という形をとって、人に伝わるものになった」という実感が嬉しかったのだということに気付いたのです。

「伝わる物語」を作る為に使った技術

 この応募に当たって、私がやったことは以下のようなことでした。

1:これまでの日記を見直し、後から読んでも心を動かされたものを選び抜く

2:選んだ日記にふさわしい主人公を設定する

3:設定した主人公を軸に、日記の順番を起承転結に組み替える

  ※主に読み手を意識し、読み手の感情がどう動くかを想定して組み替える

4:文章を推敲し、つじつまが合わないところを修正し、既定のページ数内にする

5:1日ほど時間を置いた後、物語全体を俯瞰を意識しながら再度、推敲し、整える

 これらの方法は私が大学を卒業して以来、仕事の中で学んできた番組企画と構成の知見と技術を応用したものでした。表現が「映像」と「文章」という違いはあれど、「物語として読み手の感情を動かしたい」という狙いは同じなので、応用は可能だと考えたのです。そしてその試みが小説執筆の技術が未熟だとは言え、多少はうまくいった。それが「秀賞」という評価につながったのだと思いました。

 それは小さな、でも確かな手ごたえで、私はこの出来事から文章によって物語を綴ることにのめり込んでいくようになったのです。そして、この「手ごたえ」は自分が今取り組んでいる会社の事業や、依頼を受ける会社様の課題や悩みを解決する為の方法に十分、応用できるものだという確信を得ました。

 私の小説執筆のきっかけの話では、ご紹介したように自分の中にある「よくわからないもの」を日記という形で綴り、それを整理することで「伝わる物語」として構築し、評価を得ることができました。これは別のブログで書かせていただいた「抽象」を「具象化」する工程でもあります。

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 それはビジネスにおいても同じなのではないでしょうか?

「よくわからない」けれどもワクワクするもの、やりたいこと、挑戦したいこと、好きな事、熱中できること、夢中になれること・・・。そのような事業者、創業者の人の種が形を得て、社会に価値を還元できる形となってビジネスとして成長していく。違いは形や方向だけです。

 私はこれまで、自分の体験と経験を元に様々な事業者の人たちの物語による情報発信のサポートをさせていただきながら、このことを実感してきました。

 小説であっても、ビジネスであっても「人が人に対して物語を通して価値を伝える」という本質は変わらないということです。

 

 次回は、この作品の翌年、同じ文学賞に応募し、最優秀賞をいただいた作品の執筆経験を交えて、「伝わる物語」の本質に私なりに迫ってみたいと思います。